「管理されること」の代償

先日、netflixで「神と交わした約束〜モーセの物語〜」を見ました。

 

モーセといえばシナイ山、海が開いて道が出来新天地へ移動し、十戒を作った…

そんななんとなくのキーワードしか知らなかった私ですが、

最近色々な宗教(特に私はキリスト教に親しみがあるのでキリスト教関連のものをついつい見てしまいますが)に興味あって、この映画を先週占星術の先生に教わり、早速見てみることに。

このドキュメンタリー映画は、もともとエジプトの王子として育てられたモーセが、エジプト人たちの奴隷であったヘブライの民を自由の地へと導く預言者となり、険しい道を切り開いていく預言者モーセの物語。

 

ドラマティックなシーン、考えさせられるシーン、たくさんあるので詳しくはぜひ本編を見て欲しいのですが、私の心に響いたのはこのポイント。

 

生まれながらに奴隷として扱われていたヘブライ人たちは「管理されること」が当たり前になっていた。

だからエジプトのファラオへのモーセの命がけの交渉の末にせっかく自由の身となったとき、次に襲いかかってくるのは、自分たちで自分たちを「管理すること」の難しさである、と。

砂漠を何日も何日もかけて移動する際には空腹と戦わなければならないから、自由になっても奴隷としての暮らしの方がましだったと文句を言う人が出てきたり、

先導者であるモーセがしばらく民たちの前から姿を消したとき、民たちは疑心暗鬼になり、してはいけないといわれていた「偶像崇拝」を始めてしまったり…

 

いかに、思考停止して誰かに管理されていることが、ある意味とてもラクなことであり、

自由に生きるということは「自分たちで生き方そのものをクリエイションしていく力が必要なのだ」ということに改めて気付かされました。

現代も選択肢があまりにも多く、とりあえずこの流れに乗っておこう…

とラクしたくなる時も往々にしてありますが(私もしょっちゅうある!)

どこかに違和感を感じたり、本当は違うのではないかと直感が受け取っている時には、

カラダの声を無視せずに、自分で「思考する」自分で自分を「管理する」ことが改めて大事だなと感じました。

 

あなたは、自分の行き方をしっかり管理できていますか?

ギクっと思った方は(笑)、ぜひ今一度自分はどう生きたいのか、改めて立ち止まって考えてみるチャンスかもしれません。

 

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